No.12 ファッションジャーナリスト 西山栄子さんに聞く「1985年の東京コレクション」

No.12 ファッションジャーナリスト 西山栄子さんに聞く「1985年の東京コレクション」

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イマに続く1985年の40のコト。

RAGTAG 40th

2025.08.25

西山栄子

Profile

西山栄子

(語り部) / ファッションコーディネーター/ファッションジャーナリスト

1968年文化服装学院卒業。松屋銀座のファッションコーディネーターを経て、西山栄子ファッションオフィスを設立。パリ・ファッションウィークは1973年から取材してきた日本のファッションジャーナリストの先駆者のひとり。

Profile

増田海治郎

(聞き手/執筆者)

1972年生まれ。雑誌編集者、繊維業界紙記者を経て、ファッションジャーナリストとして独立。国内外のファッションショーを中心に、メンズのドレス系ファッション、古着、ビジネス関連など、幅広いジャンルを取材している。著書に『渋カジが、わたしを作った。』(講談社)がある。

index

    リネア フレスカ]

    1985年7月号の『MODE et MODE』の誌面に掲載されたメンズブランド、[Linea Fresca(リネア フレスカ)]の広告。いかにもこの時代らしい華やかな雰囲気だ。

    いつ東京コレクションは始まったのか?

    読売新聞社主催の「1985-86年秋冬 東京プレタポルテコレクション」のポスター

    読売新聞社主催の「1985-86年秋冬 東京プレタポルテコレクション」のポスター。当時、東京ファッションデザイナー協議会(CFD)の事務局長だった太田信之さんのブログ「売り場に学ぼう」から引用。

     

    ファッション・ウィークとは、ファッションブランドが次シーズンのコレクションを一週間〜10日間に集中的に発表する期間で、パリ、ミラノ、ニューヨーク、ロンドンのそれを “世界4大ファッション・ウィーク” と呼ぶ。東京はそれに次ぐ規模で、あくまで自称となるが “世界5大ファッション・ウィーク” を長らく掲げてきた。

     

    現在の東京コレクション(楽天ファッション・ウィーク東京)の原型は1985年に始まった。読売新聞社が1985年4月15日〜26日かけて開催した「1985-86年秋冬 東京プレタポルテコレクション」で、37ブランドが参加。このシーズンのほとんどのショーを取材したファッションコーディネーター/ジャーナリストの西山栄子さんに、1985年にファッションウィークとしてまとまるまでの経緯と伺いつつ、1985年の東京コレクションを浮き彫りにしてみよう。

    4世代がひとつにまとまった1985年の東コレ

    1985年7月号の『MODE et MODE』の誌面より。森英恵、芦田淳ら第一世代のベテランのファッションデザイナーも1985年の東コレに参加した。

     

    「東コレの歴史を遡ると、1974年に設立されたトップ・デザイナー6(TD6(※2)が最初と思われがちですが、その前にも日本デザイナークラブ(NDC(※3))と、日本デザイナー協会(NDK(※4))という団体がありました。銀座の洋装店やオートクチュールの流れを汲む人たちで、日劇(※5)の歌謡ショーとともにファッションショーを開催したりして。TD6はその次の世代の若手がまとまった団体。後に山本耀司さんや川久保玲さんも参加したけれど、パリのような短期開催型にはならなかったこともあり、海外から人を呼ぶのが難しいという課題を抱えていたんです」

     

    そこで作られたのが「東京コレクションオフィス」(設立年度は不明)だった。『WWD JAPAN』の1985年9月23日号から関係者の発言を引用する。

     

    「TD6の頃は、むしろ作品を発表して観てもらうことに意義があった。シーズンごとに作品を発表する場がまだ日本にはなかったから。当時は、それだけでも大きな意義があった。そして、そのうちに何人ものデザイナーがパリコレに行くようになり、海外のジャーナリスト、バイヤーも無視できない存在になってくるにつれ、海外へのプロモートの必要性を感じた。それが東京コレクションオフィスだった」

     

    しかし掛け声とは裏腹に、会期は2ヶ月以上、展示会はショーの1ヶ月後と、ビジネス面で満足できるシステムにはならなかったようだ。DCブランド・ブームが年々盛り上がるのを尻目に、デザイナー同士の関係も悪化し、離脱するデザイナーが続出。東京コレクションオフィスは1983年に解散することになる。西山さんに再び聞く。

     

    「そういう意味で、読売新聞社がひとつにまとめたのはすごく意義がありました。戦前、戦後すぐからの第一世代のグループ、TD6の第二世代、イッセイ&ギャルソン&ヨウジの現役パリ組、そして細川伸さん(※6)らの若手の “オルタナティブ(※7)” の4つのグループが世代やジャンルを超えてがひとつにまとまったのだから。様々なブランドのショーの演出を手掛けていたSUNプロデュースの大出一博さん(※8)や、サル・インターナショナルの四方義朗さん(※9)の尽力も大きかったと思います」

     


     

    ※2 TOP DESIGNER 6の略。松田光弘、菊地武夫、金子功、コシノジュンコ、花井幸子、山本寛斎が設立。

    ※3 1948年に発足した日本のファッションデザイナーの団体。1949年に日劇のステージ・ショーの合間という形で、最初のファッションショーを開催した。仕立て屋とデザイナーが分離することとなる契機となったと言われている。

    ※4 1955年に日本デザイナークラブから分裂する形で設立。翌年に日本デザイン文化協会と名称を変更する。

    ※5 東京都千代田区有楽町にあった「日本劇場」の通称。1933年に開館し、昭和30年代には「ウエスタン・カーニバル」で栄華を極めた。1981年に閉館。

    ※6 1979年に独立し[pashu(パシュ)]をスタート。1984-1985 年秋冬にて東京コレクションにデビュー。アバンギャルドな作風で知られた。

    ※7 当時30歳前後の若手デザイナーの集団。原宿の地下のクラブなどで独自のコレクションを開催していた。

    ※8 1967年にスタイリストの養成機関だったSUNデザイン研究所を設立。多くのファッションショーの演出を手掛けた。

    ※9 80年代を代表するファッションプロデューサー。多くのファッションショーの演出を手掛けた。

     

    当時から圧倒的だった[コムデギャルソン]

    1985年7月号の『MODE et MODE』の誌面より。三宅一生、川久保玲、山本耀司の“御三家” が同じ見開きに掲載されている。 

     

    ここでようやく、1985-86年秋冬 東京プレタポルテコレクションに話を移す。印象に残ったブランドを聞いてみよう。

     

    「やはりパリコレ組が圧倒的でした。なかでも西新宿のテント会場でのオープニングを飾った[コムデギャルソン]のショーが強く印象に残っています。少女のような可愛らしい雰囲気なのに、どこか毒があって。川久保さんはアバンギャルドだけど、私は彼女の中に何度もプレッピーを見てきた。タータンチェック、グレー、白シャツといった基本をどうデフォルメするか。このシーズンのコレクションはまさにそれを体現していました」

     

    1985年7月号の『MODE et MODE』の誌面より。2026年春夏の楽天ファッション・ウィーク東京で7年ぶりのショーを開催する津森千里さんは、イッセイミヤケ傘下の[I.S. chisato tsumori design]で東コレに参加していた。 

     

    「今も現役で活躍する島田順子さん(※10)も素敵でした。この頃はフランスのファッションがブームで、まさしくあの頃のパリの空気感を体現していました。東京には珍しい色気のある大人の女性の服でしたね。[インゲボルグ]の金子功さんも良かったなぁ。金子さんはトラッドがベースにある人で、ワンシーズンで廃らない上質な服が多かったから、個人的にも愛用していました。若手では津森千里さん(※11)! 旅をテーマにしたコレクションで、ニューヨークのイエローキャブをイメージしたファーストルックは今も印象に残っています」

     


     

    ※10 1966年に渡仏。プランタン百貨店の研究室に入り、1970年にデザイナー集団「マフィア」のメンバーとなる。1975年にキャシャレル社に入社。1981年にパリにJUNKO SHIMADA DESIGN STUDIOを設立。現在もパリファッションウィークでコレクションを発表している。

    ※11 1977年にイッセイミヤケインターナショナル入社後、[I.S.(イッセイミヤケスポーツ)]のデザイナーに就任。1983年にブランド名を[I.S. chisato tsumori design]に変更し、チーフデザイナーに就任。2026年春夏の楽天ファッション・ウィーク東京で7年ぶりにショーを開催する。

     

    現在より活気に溢れていた1985年の東京ファッション

    筆者が所有する熊谷登喜夫さんがデザインした1980年代のネズミモチーフの靴。メンズの[HOMME DE NUIT(オムドニュイ)]のもの。

     

    期間外も加えると、このシーズンにショー形式で発表したメンズは11ブランド。西山さんがメンズ勢で印象に残っているブランドはどこだったのだろう。

     

    「熊谷登喜夫さん(※12)は文化服装学院の2学年下で、文化に通うバス停が一緒だったので学生の頃から仲良しでした。彼の服は当時としては珍しくミニマルで派手さはありませんでしたが、靴がとにかく素晴らしかった。[パシュ]の細川伸さんは独特の感性を持っていて、センスが良かった。生地や縫製にもこだわっていたから、本当に服が好きな人に人気がある印象でした。[arrston volaju(アーストンボラージュ)]の佐藤孝信さん(※13)も勢いがありましたね」

     

    「当時はDCブランドのブームで、若者が服を買いまくっていた時代。バブル前夜で給料は右肩上がりだったし、ベビーブームで若者の数が多かったのも流行を後押ししたと思います。1985年は日本全体が元気に溢れていた時代で、人々のファッションに対する熱も、ファッションの社会的な影響力も今より圧倒的に高かったんです」

     


     

    ※12 1970年に渡仏後、カステルバジャックで経験を積み、フリーのデザイナーに。1980年、パリにTOKIO KUMAGAI ABC DESIGN PARISを設立。1981年にパリにシューズの直営店をオープン。1980年にメンズ服の[TOKIO by DOMON(トキオバイドモン)]、1983年から女性服の[TOKIO KUMAGAI(トキオクマガイ)]をスタート。1987年に享年40歳で逝去。

    ※13 1975年に[arrston volaju(アーストンボラージュ)]をスタート。1983年に東京コレクションに初参加。バブル時代に数多くのディスコの制服を手掛けた。マイルス・デイビスの衣装を手掛けていたことでも知られる。

    東コレは今も大きな課題を抱えている

    9月1日〜6日にかけて開催する2026年春夏の楽天ファッション・ウィーク東京のシーズンキービジュアル。テーマは「突然、未来は生まれない」。©︎楽天ファッション・ウィーク東京

     

    こうして初めてひとつにまとまった「1985-86年秋冬 東京プレタポルテコレクション」だが、読売新聞社の創業110周年記念事業だったという側面と、いちメディアが主催することへの批判もあり、1回限りで終わってしまう。しかし、会期から3ヶ月後の1985年7月に、三宅一生、森英恵、松田光弘、やまもと寛斎、山本耀司、川久保玲の6人が発起人となり、東京ファッションデザイナー協議会(CFD)が発足。いちメディアではなく、ファッションデザイナーの団体が東京コレクションを主催する流れとなった。

     

    その後の東コレは2005年までCFDが主催。同年に日本の繊維・ファッション産業の国際競争力の強化、発展を目的に、繊維・ファッション製造業者、ファッションデザイナー、流通業者が大同連携した日本ファッション・ウィーク推進機構(JFW)が発足し、冠スポンサーを変えながら今年で20周年を迎える。

     

    しかし、節目となる2026年春夏の楽天ファッション・ウィーク東京(9月1日〜6日に開催)に参加するのは、わずか23ブランド。前シーズンは37ブランドなので、いささか寂しい状況にある。この10年でパリをはじめとした海外でコレクションを発表するブランドが増えたものの、肝心の東コレじたいは盛り上がりに欠けているのが現状だ。

     

    DCブランド・ブームに沸いた1985年の東コレが大きく盛り上がったのは、バブル前夜という時代背景もあったけれど、デザイナーたちが世代を超えて団結した影響も大きかったはずだ。2025年の今、じつは日本人デザイナーは1985年以上に黄金期を迎えている。御三家([コムデギャルソン]、[ヨウジヤマモト]、[イッセイミヤケ])は相変わらず健在だし、阿部千登勢([サカイ])、高橋盾([アンダーカバー])、NIGO([ケンゾー][ヒューマンメイド])、三原康裕([メゾンミハラヤスヒロ])らは独立系ファッションブランドのデザイナーとしては世界でも有数の存在である。井野将之([ダブレット])、岩井良太([オーラリー])らも世界での存在感を高めている。

     

    2025年の東京のファッションデザイナーの世界での存在感は1985年以上に高く、“第二の黄金期”と言っても差し支えない状況にある。1985年のように若手からベテランまでが一致団結した東コレが実現できれば、名実ともに“世界5大ファッション・ウィーク”を名乗れるようになるのではないだろうか。

     

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