ファッションは“螺旋”を描く <br/>Interview with 栗野宏文

ファッションは“螺旋”を描く
Interview with 栗野宏文

ファッションクリエイターが考える“繰り返すファッション”
for FF Magazine

FEATURE

2023.09.08

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    日本のファッション業界で46年。ユナイテッドアローズの立ち上げ以降は日本が誇るセレクトショップへと成長を遂げるまでを見守ってきた栗野宏文さんは、現在も欠かさずパリコレクションなど国内外のショーや展示会にも足を運び、常にファッションシーンの“今”を見続けています。服飾史から最新のファッションまでを見通す栗野さんに単刀直入にお聞きしました。栗野さん、ファッションは繰り返しているのでしょうか?(この記事はRAGTAG発行の「FF Magazine Issue : 01」の抜粋記事です)

    答えはYESであり、NOである

    ―今回は正直無理を承知でオファーさせていただいたのですが、取材をお引き受けいただきありがとうございます。

     

    栗野 : いえいえ、実はRAGTAGには時々買い物に行っているんです。なぜ行っているのかの理由は、今回のテーマとも結びつくので、ぜひお話したいと思いまして。

     

    ―今回の特集テーマが“FASHION REPEATS ITSELF?”なのですが、長年ファッションをご覧になってきた栗野さんが、その点についてどのようにお考えになっているのかをお聞きしたいと思います。

     

    栗野 :「ファッションが繰り返す」ということに対しては、僕の中でYESとNOの両方があるんです。僕は1977年から46年間この仕事をしていて、今年で70歳になったのですが、確かにファッションには繰り返しの部分は多いんです。“温故知新”と言ったり、今だって80’s、90’sファッション云々と言われていますよね。ただそれは本当に繰り返しているわけじゃなくて、“新ネタ”とし古いネタを掘り返している作り手たちが多いということです。それはネガティブに言うと、新ネタが出しにくいということでもあるんですけど。

     

    ―過去に題材を求める傾向は多いですよね。

     

    栗野 : 僕は服を提供する側でもあり、着る側でもあるのですが、着る側としての僕は繰り返しだろうが何だろうが別にいいと思っているんです。なぜなら僕自身は新しいものも古いものも全部ミックスで着てしまうから。例えば最近またフレアのパンツを穿いたりもするけど、それは自分の中では“繰り返す”ではなくて、「今穿いたら新鮮だな」と思っているだけです。ただ、世間のものの捉え方や言い方がちょっとマズいなと感じているのが、みんなが揃って「70’sいいね」とか、「今80’s来ているよね」と言ったりします。ファッション業界の人もすぐ「今は90’sだ」とか言いたがりますが、本当にそうなの?という話なのです。それは若い世代の人がイイと思ったシャツがたまたま90’sっぽかったり、当時のアイテムの魅力を発見しているだけだと思うんです。

     

    ―“ファッションは繰り返す”の背景にあるのは、やはり世代、年代の部分ですよね。

     

    栗野 : そうです。単純に世代交代しているから、若い人にとって新鮮に見えるっていう話なんです。ただ、そこを経てきた大人は嬉しいわけですよ。「オレは間違っていなかった!」と(笑)。ましてやヒトコト言いたがるし、何なら「その着方、間違ってるよ」とまで言っちゃう。でも関係ないです、そんなこと。自由に着ればいいんですから。

    コム デ ギャルソンは繰り返さない

    ―栗野さんは毎回パリやミラノコレクションにも行って、常にファッションの動向をご覧になっていますよね。その時に「これはあれの繰り返しだな。焼き直しだな」と感じることはありますか?

     

    栗野 : ありますし、そうじゃない場合もあります。僕がパリに行き始めたのは1985年で、もうすぐ40年になりますが、最初は「海外は素晴らしい、海外のものから学ぼう」という目的で行っていましたし、当然カルチャーショックでした。一方で当時既に[コム デ ギャルソン]や[ヨウジヤマモト]が海外で評価されていたのですが、僕はなぜあんなに人気があるのか分からなかった。でも行ってみて初めて、「この人たちは西洋の伝統を乗り越えている、もしくは無視している。だから評価されるんだ」と分かったんです。すると今度は西洋の歴史を踏襲して作っている人と、そこから逸脱して作っている人が自分の中でだんだんと見えてきました。例えばジャン・ポール・ゴルチエはすごく前衛的なことをやっているように見えて、元ネタは割とクラシックです。僕は肯定的に言っているのですが。マリン・ストライプとか、タータンチェックをエクストリームに表現する技とか。また、ジョルジオ・アルマーニの元ネタは1930年代のハリウッドだったり、ミリタリーウェアなどです。

     

    ―西洋のファッションはある程度伝統の上に成り立っている部分があるのですね。

     

    栗野 : そういう中で、レトロスペクティブとかノスタルジックと一切関係なくファッションをやり続けている存在は、やはり[コム デ ギャルソン]だと思います。川久保(玲)さんは、「今までにない新しいものを経験してもらわないことには、お金を払ってもらう価値はない」といつもおっしゃいます。だから必ず新しいものを出す。そしてそれが新しいから、多くの業界人が真似をする。ボロルックやパッチワーク、製品洗いやメンズのスカートはその具体例でしょう。彼女以外の多くの作り手は、図書館で調べたり、今だったらピンタレストとかを見るようなことをやっているので、言ってしまえばカット&ペーストですよね、今の多くのファッションは。それ自体全否定はしないけど、そちらだけを捉えて「ファッションは繰り返す」って言っちゃうと、命懸けで新しいことをやっている人に失礼だなと思うので、それが先ほどの「ファッションは繰り返す」に対する“NO”の部分でもあるんです。[コム デ ギャルソン]は絶対に同じことをやろうとしない。僕はあまり遠慮せずかつて川久保さんに言ったこともあるんです。「あのシーズンのあれが良かったから、またやってくださいよ」と。でも絶対にやらない。それが許されているのが[ブラック コム デ ギャルソン]。あとは[コム デ ギャルソン シャツ]や、“エバーグリーン”というシリーズくらいですね。

     

    ―[コム デ ギャルソン]の凄さは、繰り返さない強さでもあるのですね。

     

    栗野 : 僕は川久保さん及びブランドやアトリエ自体を尊敬しているから、リアルタイムでリアルシーズンのものも買います。でも一方で、そのシーズンにしか存在しなかったものを後になって、「去年のあれ欲しいな」とか、「5年前のあれを今着たら新鮮だな」っていうこともあるわけです。そういうときに僕はRAGTAGに行くんです。自分にとってRAGTAGは“アーカイブ屋さん”です。別に古着と思って買いに行っていないし、安いから買うわけでもない。目当てのものを買いたいのです。

     

    ―ヴィンテージとか、そういう価値観とも違いますね。

     

    栗野 : 僕はヴィンテージマニアだったことは一回もないので、何年代の何とかどうでもいいんです。ただし、そのオンシーズンには分からなかったけど、後から自分の中で着たいと思えるものってある。もちろん各ブランドもそのシーズンで真剣勝負をしているわけですが、そういう中でも「別に今年しか通用しないわけでもないな」ってよく思うんです。それは自分たちがUAで提供しているものだってそうだし、ましてや[コム デ ギャルソン]ぐらいまで振り切ってしまうと、いつの時代に着たって同じです。それは業界人から見れば、「あ、2021年の秋冬だ」とか「去年の夏ものだよね」とかの会話はあるのですが、だからってそれが恥ずかしいことでも何でもない。コレクションラインの古いものを着ているのを恥ずかしいことのように言う人もいるけれど、それもいかがなもので、それは誰が決めたの?と。例えばザ・ビートルズだってセックスピストルズだって、いつ聴いたってカッコいいですよね。バッハだってモーツァルトだって、出た時以上に今も評価されているわけだし。あらゆるクリエーションというのは、あるラインや臨界点を飛び越えた時点から僕はタイムレスだと思っているんです。

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    ファッションは“螺旋”を描く

    ―おっしゃる通り、音楽もそうですよね。良い音楽ほど古さを感じさせなかったりします。

     

    栗野 : そう、ファッションは例えば繰り返したとしても“円”じゃなくて“螺旋”なんだと思います。A地点から出発してAに戻っているわけじゃなくて、A’だったりA’’に行っている。平面で見れば円かもしれないけど、3Dで見ればもっと立体になっていて、それはもうA地点ではない。昔流行っていた物に似たようなものが出てきたり、再評価されるのはもちろん分かります。でも、“繰り返している”って簡単に言っちゃうほど浅い話じゃない。むしろ繰り返しているように見えるけど、そうじゃないってことに注目した方が、さらにもっとファッションやその価値を楽しめると思いますね。

     

    ―円じゃなくて螺旋。

     

    栗野 : 突き詰めれば、服は着て楽しければいい。僕自身はその完成度が高くて、物に見合った値段で、できれば長いこと着られて、っていうのが一番嬉しい。でも[コム デ ギャルソン]はある意味その逆で、組み合わせづらいです。でも、だからまた面白い。難しいものを攻略する喜びもあるんです。

     

    ―それは例えばどういう攻略の楽しみがあるのですか?

     

    栗野 : ついこの間、8年前の[コム デ ギャルソン]のジャケットを買ったんです。発売された時もいいなと思ったけど、実はこのジャケットは背中がバッサリ切られているデザインで、上下でパカっと開いちゃう。僕はどんなに柄が派手でも平気だけど、切ってあるのは苦手。ダメージジーンズも一回も穿いたことないし。それでどうしたかというと、お直し屋さんに持って行って、縫ってもらいました。「もう8年も経っているから、そろそろ改造してもいいよね?」と[ギャルソン]のスタッフの人たちにも言いながら(笑)。すごく気に入って、先日のパリコレ出張でも着ました。

     

    ―まさに攻略ですね(笑)。ちなみに栗野さんが服を買う際のポイントはどんなところにあるのですか?

     

    栗野 : いやあ、それはひたすら買う時の気分ですね。ただ自分の中で“時代感”みたいなものはあります。例えば今は、少し前だったら「これはちょっと肩幅が狭いな」と思ったようなジャケットを着ています。逆に肩がドロップしているものはだんだん着なくなっています。

     

    ―ファッションのトレンドには常にシルエット問題がありますよね。例えば今はビッグシルエットが普通でも、「これもいつかダサく見えるようになっちゃうんだろうな」と思いながら買っているところもあります。

     

    栗野 : 僕ぐらい長く洋服屋をやっていると、ある意味それを超えちゃって、「そうなることも分かっているから、別にもう何でもいい」になりました(笑)。僕の場合、常に基準は自分です。でも洋服屋のプロとしての僕は、人に自分の基準を押し付けるつもりはないので、自分の基準を持ちつつも、お客様に向けては今の時代に合った球の投げ方をします。

     

    ―それは栗野さんの自身のスタイルと、仕事で提案するものはまた違うということですね。

     

    栗野 : そうです。僕が服を着る上でやっているのと同じようにスタイルを突き詰めようとしている人や、自分のスタイルを探している人たちであれば、そこを考えて球を投げています。「これは最新だからいいですよ」とか、「これを着ておけば安心ですよ」、ということはやりません。

     

    ―おそらく大量に服をお持ちだと思うのですが、栗野さんが購入する際の感覚は、ご自身で一般的だと思われますか?

     

    栗野 : いやいや、もう……良識ある人から考えたら、おかしな人ですよ(笑)。だって一生毎日違う服を着たとしても平気なくらいの服の量を持っているわけですから。で、まだ買っているわけだから。僕は洋服もレコードも殆ど手放さないタイプなので、家が狭くなる一方です(笑)。

     

    (この記事はRAGTAG発行の「FF Magazine Issue : 01」の抜粋記事です)

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    Profile

    栗野宏文(くりの ひろふみ)

    ユナイテッドアローズ 上級顧問
    1953年生まれ。1977年にファッション小売業に就職し、数社を経て1989年にユナイテッドアローズの創業に参画。販売促進部部長、クリエイティブディレクター、常務取締役兼CCO(最高クリエイティブ責任者)などを歴任。2004年に英国王立美術学院より名誉フェローを授与。LVMHプライズ外部審査員。本人のファッションスタイルも常に注目されている。著書に『モード後の世界』(扶桑社)がある。

    HP : https://www.united-arrows.co.jp
    Instagram : @kurino_san.dst
    https://www.instagram.com/kurino_san.dst

    Creative Staff

    Interview & text : Yukihisa Takei(HIGHVISION)
    Photo : Yasuyuki Takaki

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